2018/10/18
 今年の北海道地区のフランシスコ会の黙想会が札幌の花川修道院で行われました。指導司祭はサレジオ会の管区長で、新しくさいたま教区の司教に選ばれた山野内神父様。1955年大分生まれで、10歳の時アルゼンチンに家族とともに移住。14歳でサレジオ会に入会、伝統的なカトリックの教えを学ぶとともに、第二バチカン公会議の新しい風も受けて1984年、29歳で司祭に叙階された。サレジオ会の要理教育を担当し、さらに修練長や首都ブエノスアイレスの院長などを歴任されていました。 1997年日本に帰国後も、調布サレジオ神学院長と四谷修道院長。2010年から副管区長と2014年から現在まで、日本管区長を務められ、そして6月にフランシスコ教皇から、さいたま教区長の任命を受けられた。その後も青年たちをエルサレム巡礼に連れて行かれたりで、そういう超・忙しい日程の中で私たちの黙想会を「昨年からの約束なので」と引き受けて下さったのは本当に有り難いことでした。 山野内司教様はご自分の数奇な召命の歴史、その実体験を通して、私たちの召命の歩みを振り返る時を示してくださいました。神は家族との関わり、人々との出会い、節目節目となった出来事のなかで私たちを照らし、導いて下さるいつくしみ深い方であることを分かり易く話してくださいました。  この黙想会の三日目に地震があり、停電と断水に見舞われましたが、美しい星空を仰ぎ見、ローソクを灯して食事などを共にできたのは貴重な体験となりました。それはただ日常生活の在り方だけでなく、これまでの私の霊的生活をもう一度見直す良いきっかけともなりました。 フランシスコ会では義務として唱えなければならない「教会の祈り」(聖務日課)があります。共同で唱える「朝・晩の祈り」をはじめ、個人で唱える「昼の祈り」、「寝る前の祈り」と「朗読課の祈り」。カルメル会など観想修道会には、この他に「6時課」と「9時課」があり、文字通り1日に7回、神に祈りをささげています。そのほかに毎朝のミサがあり、個人的信心として毎日ロザリオ唱える兄弟達も多くいます。 しかし、祈りの回数や量が多ければ良いわけではないのは言うまでもありませんが、現実にはただ唱えるだけで、心が伴ってない口先だけの祈りだったり、雑念に心を奪われていたり、また一人で祈るときなどは、つい早く唱えて終わらせてしまったりと、はなはだ誠実さに欠ける中身のない祈りになっていました。  どうしたら、心のこもった誠実な祈りを捧げることができるのでしょうか?いくつかの「み言葉」の中に、照らしと導きを見出せたように思いました。「二人また、三人が私の名によって集まっている所には、私もその中にいる」(マタイ18,20)。一人で祈るときには、「あなたは、祈る時、隠れた所におられるあなたの父にいのりなさい。そうすれば、隠れた行いをご覧になるあなたの父が報いてくださる」(マタイ6,6)。 祈りの時に、いつくしみ深い父と子と聖霊の神は、愛情をこめて、いつも共にいてくださる。だから、このことに気づき、焦らずに心を込めて、愛と信頼と忍耐をもって祈るように心がけると、新しい祈りの体験、神との親しい交わりを味わえるようになると思っています。
2018/08/21
8月、9月の幼稚園での宗教教育の課題が、「心に平和を、みんなと仲良く」ということで、広島と長崎の原爆投下から「平和の大切さ」を伝えらたらと考えました。それは「焼き場の前に立つ少年」に一つのヒント得たことがありました。教皇は1月1日の世界平和の日に、これまでも核兵器廃絶を呼び掛けており、改めて平和の願いを込めて、この「焼き場の前に立つ少年」の写真を全世界の人に配るようにと指示されました。教皇は、訪問先の南米に向かう機内でカードについて問われ、「写真を見て胸を打たれた。このような写真が千の言葉よりも多くを語る。だから分かち合いたいと思った」と語っています。こうして、日本の司教団も日本カトリック平和旬間を前に、日本語訳をつけて、「焼き場の前に立つ少年」のカードを全国の教会に配布しました。  広島の「原爆の子の像」にもユニークなエピソードがあるのを知りました。以下は広島市のホームページからの引用です。 「佐々木禎子さん(当時12歳)は、2歳のときに被爆しましたが外傷もなく、その後元気に成長しました。しかし、9年後の小学校6年生の秋(昭和29年・1954年)に突然、病のきざしが現れ、翌年2月に白血病と診断され広島赤十字病院に入院しました。回復を願って包み紙などで鶴を折り続けましたが、8か月の闘病生活の後、昭和30年(1955年)10月25日に亡くなりました。 禎子さんの死をきっかけに、原爆で亡くなった子どもたちの霊を慰め平和を築くための像をつくろうという運動が始まり、全国からの募金で平和記念公園内に「原爆の子の像」が完成しました。その後この話は世界に広がり、今も「原爆の子の像」には日本国内をはじめ世界各国から折り鶴が捧げられ、その数は年間約1千万羽、重さにして約10トンにものぼります。」  この「原爆の子の像」を作ろうという運動を始めたのは、禎子ちゃんの同級生の8人の子供たちでした。はじめは、禎子ちゃんのために何かしたいと考えました。次に、原爆で亡くなったすべての友達のために記念の像を建てようと広がっていきました。そして出来上がった「原爆の子の像」の下の石碑にみんなの叫び、祈りを刻みました。 これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための
2018/07/25
行って、少し休むがよい!...
2018/07/25
 先日、千歳・恵庭の教会から50名近い巡礼団が帯広教会を訪問された。巡礼と言えば、ローマとかイスラエルの聖地巡礼をすぐ思い出す方が多いと思います。聖母が出現されたルルドやファチマ、さらにはまだ公認されていないがメジュゴリエなどが聖母の巡礼地として有名ですが、日本でも長崎や、広島などをはじめ、聖母の巡礼地としては津和野や秋田の聖母がよく知られています。韓国からは、おたあジュリアの流刑地、神津島「ジュリア祭」に参加する巡礼が評判のようです。  教皇フランシスコは、2015年12月8日から2016年11月20日まで、「いつくしみの特別聖年」を行うことを発表され、これにもとづき札幌教区では7つの教会が指定巡礼教会に定められ、帯広教会もその一つに選ばれました。しかし3年前のことですから、そのためわざわざこの教会に巡礼団が来られたわけではないと思います。その理由を聞いたわけではありませんが、ただの観光目的でないことは確かでしょう。教皇フランシスコは、使徒的勧告「福音の喜び」の中で、「出向いて行く教会」となるように強く勧めておられます。神はアブラハム、モーセ、エレミヤなどを呼び出し、新しい土地に遣わされましたし、新約においてイエスは「私は宣教する。私はそのために出てきたのである。」と告げられ(マルコ1,38)、弟子たちを選び、さらに、全世界に遣わされました。隣の教会を巡礼訪問することも、新しい出会いや体験となり、新しい繋がりができ、「出向いて行く教会」の新しい巡礼のあり方といえるのではないでしょうか。  私は司祭になって10年目に日本26聖人がたどった京都から長崎までを巡礼したことがありますが、その後韓国に出かけることになり、そこで一人の「歩く僧侶」と出会い、韓半島を一緒に一周する巡礼をすることになり、多くの人と出会いました。その時出会った韓国の青年と共に、東日本大震災の半年後に仙台で一緒に支援活動をすることになりました。最近は高齢化に伴い体力勝負の巡礼は無理だと感じ、「新しい巡礼」、神の国を目指した心の旅を模索しています。ひらたくいいますと、そろそろお迎えも近づいてきたので、その準備もしなければと思っているわけです。  17日の主日の第2朗読(Ⅱコリント5,6-10)で、聖パウロは「私たちは天に永遠の住みかが備えられていることを知っています…体を住みかとしている限り主から離れていることも知っています。…信仰によって歩んでいるからです。」といっています。  信仰の歩みで、まず第1に考えなければならないのは祈りのありかたです。人間関係でいえば信頼関係ができているかが問われますが、神様との関係でいえば信仰関係がちゃんとできているかが問題です。神様が憐れみ深い方でいつも私たちのことを心にかけてくださっていることは確かですが、私の方は神様のことを優先しているかを考えると、はなはだ問題です。スマホ、パソコン、TVの前では時間の過ぎるのも忘れ、集中していますが、神様の前にいるときは、すぐに心を散らし、祈りはいつも早く済ませてしまおうと考えています。「心を尽くし、力を尽くして」とありますがなかなかできません。最近、「教会の祈り」で、申命記1,31の言葉に出会いました。「人が自分の子を抱くように、あなたの神、主はあなたを抱かれる。あなたの歩むすべての道で。」
2018/05/25
イエスのみ心の信心は、特に聖マルガリタ・マリア・アラコック(1647-90)がみ心の信心についての啓示を受けて17世紀にフランスで広まりました。イエスは私たちを極みまで愛しておられるのに、忘恩、不敬、さらには冒瀆、冷淡、無関心しか受けていない。これを償い、主の愛に答えようとして「初金の信心」などが行われるようになりました。さらに、1856年に「イエスのみ心」の祭日として、教皇ピオ9世によってご聖体の祝日後の金曜日に全世界で祝うことが定められました。  しかし、最近の教皇はイエスの愛について、そのいつくしみを体験し、常に観想するようにと勧めています。教皇ヨハネ・パウロ2世は2000年から、ご復活の主日の次の日曜日(復活節第二主日)を「神のいつくしみの主日」と定められました。さらに、教皇フランシスコは2015年12月8日、無原罪の聖マリアの祭日から、2016年11月20日、王であるキリストの祭日までを「いつくしみの特別聖年」と定め、勅書「イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔」を公布されました。その中で、「ナザレのイエスは、そのことばと行い、そして全人格を通して、神のいつくしみを明らかになさいます。 わたしたちは、つねにいつくしみの神秘を観想しなければなりません。いつくしみは喜びの源、静けさと平和の泉です。いつくしみは、わたしたちの救いに不可欠です。」と述べておられます。  私は、自分の信仰生活を振り返ってみると、公共要理や聖書の勉強会などで、イエスの教えやみ言葉を頭で理解して伝えてきただけで、喜びに満ちた生き生きとした確信からではありませんでした。それは神の愛、慈しみふかいイエスの思いを心の深いところでしっかり受け止め、生きてこなかったからだと反省しています。  私は公立高校の入試に失敗し、かなり落ち込んだわけですが、なんとかキリスト教の私立高校に入ったのがきっかけで、毎週チャペルで礼拝の時間があり、牧師先生の話を聞くことになりました。チャペルの柱に掲げてあった、「汝の若き日に、汝の造り主を覚えよ」という聖書の言葉を今でも覚えています。高2の春でした。特別伝道集会に参加した時に聞いたヨハネ3章16節の言葉が深く心にしみました。「神はおん独り子をお与えになるほどこの世を愛された。」この時から、毎週、日本基督教団の教会に通うようになり、若い牧師先生の聖書の勉強会にも参加しました。 60年前の体験は私なりに、神の愛、神の慈しみを味合わせていただいたのだと思います。  しかし、聖書の分かち合いだけでは物足りなく思い、中学の時の友達に誘われて、カトリック教会に通うになり、カトリック要理を学んで「天地万物の創造主、全知全能の神」を頭で理解することに興味を持ち、教皇が言われるように、「わたしたちは、つねにいつくしみの神秘を観想しなければならない」のに、「いつくしみ深い神」の御心に触れることよりも、外面的な活動傾いてきました。  先日、十勝の牧師会の集まりがあり、牧師先生方の心温まる分かち合いにふれ、神の愛、聖霊の交わりの中で祈りあう素晴らしい恵みの時を与えていただきました。
2018/05/03
先月4月27日(金)に板門店で開催された韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による南北首脳会談は日本でも大きく報道されたましたが、懐疑的、批判的なものが多かったように思います。日本の報道と違って、韓国はもちろん、欧米でもこの会談を歴史的で画期的な出来事として評価していました。...
2018/04/05
「教会に命を与える聖体」 十勝4教会主任:中村道生神父  去年の7月、十勝地区4教会の主任神父代理として任命を受けた時に、 「新しい福音宣教を目指して」という表題で、この「教会だより」を書 いたのですが、この4月新しく主任として任命を受け、あらためて「新し い福音宣教を目指して」いく思いを強くしています。 フランシスコ教皇...